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東京高等裁判所 平成5年(ネ)3754号 判決

富山市新富町一丁目三番二一号

控訴人

アートスこと

大野英樹

右訴訟代理人弁護士

上柳敏郎

東京都新宿区新宿一丁目六番三号

被控訴人

株式会社アデランス

右代表者代表取締役

大北春男

右訴訟代理人弁護士

西川紀男

佐々木清得

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対して金二三一万八〇円及びこれに対する昭和六〇年一〇月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを八分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人(第一審被告)

「原判決中の控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決

二  被控訴人(第一審原告)

「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決

第二  当事者の主張

当事者双方において、次のとおり付加する他は、原判決第二記載のとおりである。

一  控訴人

(主位的請求について)

1 原判決二六頁七行の次に改行して、次のとおり付加する。

「原判決は、被告製品(一)は、本件発明の構成要件Bを充足するとしたが、以下に述べるように、右判断は、構成要件Bの恣意的な解釈に基づくものであるから、誤りである。

構成要件Bの特許請求の範囲における記載は、「反転性能を有する彎曲反転部材5」であるところ、右彎曲反転部材5については、本件発明の特許請求の範囲の記載において願書添付の図面第2図及び第5図の記載を引用しているから、右各図の記載を参酌すると、彎曲反転部材5は、「U字状に形成し」、「その両自由端を互いに内側に牽引して」固定する部材に限定されることは明らかである。

しかるに、原判決は、右第2図及び第5図の記載を含む特許請求の範囲の記載を検討することなく、いきなり発明の詳細な説明の検討に入り、詳細な説明中の「以下、本発明の実施例を図面について詳述する。」

(本件公報一頁二欄七行)以下の一体をなす記載中の前記「U字状に形成し」、「その両自由端を互いに内側に牽引して」との部分のみを「本件発明の実施例」とする一方、同じ記載のうちの一部分を「本件明細書の発明の詳細な説明」として「特段の限定」は認められないとするものであって、一体をなす前記の実施例に関する記載を恣意的に認定したものであり、誤っている。」

2 原判決二八頁九行の次に改行して、次のとおり付加する。

「原判決の過失の認定は、誤っている。控訴人は、被控訴人会社に勤務していたが、右勤務中、特許に係わる業務に関与したことはなく、特許権の存在自体は認識していたとしても、その範囲については、知識を有していなかった。独立して業務を営むようになった後も、その範囲は不明確であり、かえって、被控訴人のアートネイチャー社に対する請求が認められなかったとかの風聞の中で、前記のような「弁理士および弁護士」という文言による宣伝があり、かつ、「実用新案登録願の写し」が添付されていたなどの事情(原判決二七頁三行ないし九行)に照らすと、控訴人が本件特許権侵害がないと考えたことに無理はなく、過失はないというべきである。

原判決は、「被告製品(一)の一個当たりの必要経費は、原告の同様の商品に対する経費を上回るものではないと推認される。」とするが、右推認は、被控訴人がかつらの販売以外に理髪や修理等の業務の比重も大きいこと及び被控訴人が原審において右経費の具体的な主張をしていないことを考慮していない点において誤っている。また、右推認は、控訴人のような零細な企業は被控訴人のような大企業に比べ利益率が高いということはあり得ないことを看過している点においても誤っている。」

(予備的請求について)

原判決三〇頁三行の次に、行を改めて次のとおり付加する。

「原判決は、被告製品(二)の販売個数について、一度ストッパー付きかつらを買った顧客は、他の場合においてもストッパー付きかつらを買ったものと推定できるとの立場から、控訴人の自認部分に加えて一九個の販売を認定した。しかし、右推定は誤りである。この点は、原判決も、例えばNo.B-四四の顧客については、ストッパー付きかつらとテープ付きかつらの両者の購入を認めているのであり、顧客が異なる装着方法のかつらを購入することは、被控訴人会社においてもこのような形態の購入を勧誘しているように、充分考えられることであるから、右推定は誤りであり、被告製品(二)の販売個数を控訴人の自認部分を超えて認定した原判決は誤っている。

過失及び利益率の認定については、主位的請求について述べたところと同様である。」

二  被控訴人

前記控訴人の予備的請求についての主張の次に改行して、次のとおり付加する。

「三 控訴人の主張に対する反論

特許発明の技術的範囲を定めるについて、発明の詳細な説明又は図面に記載された実施例に限定されるものでないことは論を待たず、また、本件特許権の存在を認識しながら、過失がないとする控訴人の主張は到底採用の限りではないのであって、控訴人の主張は全て失当である。」

第三  証拠

証拠関係は、原審及び当審における証拠目録記載のとおりである。

理由

一  当裁判所の判断は、次のとおり削除、付加、訂正する他は原判決第一、第二の判断と同一であるから、これを引用する。

(主位的請求について)

1  原判決三六頁三行目の上から六字目の「、」を削除する。

2  原判決三七頁三行目の「形状」の次に「、材質及び彎曲反転を可能ならしめる手段」と付加する。

3  原判決三八頁九行目の次に改行して次のとおり付加する。

「控訴人は、本件発明の特許請求の範囲における「反転性能を有する彎曲反転部材5」は、願書添付の図面の第2図及び第5図の記載を引用していることからすると、構成要件Bは、特許請求の範囲の記載自体からみて、「U字状に形成し」、「その両自由端を互いに内側に牽引して」固定する構成のものに限定されることは明らかであると主張する。

そこで、右主張について検討するに、願書添付の明細書の特許請求の範囲の記載は、当該特許発明の技術的範囲、ひいては当該特許権の保護の及ぶ範囲を明確に示すために、当該特許発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載したものである(特許法三六条五項二号)から、特許請求の範囲の記載自体においてその技術的意義が明確になるように記載すべきものであって、特許請求の範囲を記載するに当り、発明の詳細な説明あるいは図面の記載を引用することは、文字をもって表現することが極めて困難であるなどの極めて限られた場合を除き、許されないものというべきであるところ、本件発明がかかる場合に当たらないことは明らかである。したがって、本件明細書の特許請求の範囲の記載において、願書添付の図面の第2図及び第5図が引用されているとの控訴人主張は失当というべきである。もっとも、特許請求の範囲の記載の技術的意義が明確ではなく、その意義を確定するために発明の詳細な説明ないしはこれを補完する関係にある図面の記載を参酌する必要があることはもとより当然のことであり、かかる場合が、図面の記載を特許請求の範囲の記載において引用したものでないことはいうまでもないところであるが、控訴人の主張は、前記の各図の記載を参酌すれば、構成要件Bは、控訴人の主張の構成に限定されるとする趣旨を含んでいるものとも解されるので、この点について更に検討することとする。そこで、当事者間に争いのない本件発明の特許請求の範囲の記載をみるに、構成要件Bは、前記のとおり、「前記止着部材が反転性能を有する彎曲反転部材5」とされているところ、右記載によれば、彎曲反転部材が反転性能を有することは明らかであるが、右反転性能をいかなる手段で実現するかについては、必ずしも明確ではないといわざるを得ない。そこで、この点を発明の詳細な説明を参酌して考察すると、右詳細な説明の欄には前記認定の記載があり、構成要件Bに関する前記の記載と、右認定の詳細な説明中の、特に「本実施例においては、・・・付与されたものである。」との記載部分に照らせば、構成要件Bにおける反転性能を実現する具体的な手段については、本出願前における当業者に自明な適宜の手段を採用すれば足りるものとしているものと解することが可能であり、控訴人主張のような、「U字状に形成し」、「その両自由端を互いに内側に牽引して」固定する構成のものに限定されると解することはできない。したがって、この点に関する控訴人主張も採用できない。」

4  原判決四五頁一行目「それだけでは」から三行目までを以下のとおり訂正する。

「また、控訴人の富山支店における業務が本件特許権に係わる業務ではなかったとしても、以上の諸事実をもってしては、本件特許権を侵害した控訴人について、特許法一〇三条による過失の推定を左右するには足りないというべきである。」

5  原判決四七頁一〇行目の次に改行して、次のとおり付加する。

「控訴人は、被控訴人がかつらの販売以外に理髪や修理等の業務の比重も大きいこと及び被控訴人が原審において右経費の具体的な主張をしていないことを考慮していない点、及び、右推認は、控訴人のような零細な企業は被控訴人のような大企業に比べ利益率が高いということはあり得ない点から、前記の利益率の推認は誤っていると主張するので検討すると、被控訴人がかつらの販売以外に控訴人主張のような業務を行っている事実は弁論の全趣旨により認めることができるが、かつらの販売の利益率がかつらの販売以外の業務に比べて格段に低いことを窺わせる証拠は何ら存しないし、また、控訴人主張のように零細企業の方が大企業より利益率が低いと一概に断ずることはできない上、控訴人自身その利益率を何ら具体的に明らかにしない本件においては、控訴人の右主張をもって、前記の利益率の認定を左右するには足りないというべきである。」

(予備的請求について)

1  原判決四九頁一行目から五一頁一行目までを次のとおり訂正する。

「2 次に、控訴人において自認する部分以外の被告製品(二)の控訴人による販売の事実について検討する。

(一) 成立に争いのない甲第六号証の二によれば、原判決添付別表(一)のA-一二〇番の顧客の「顧客管理カルテ」(以下「カルテ」という。)には、「品名コード」「1」欄に「NT」、「ストッパー」欄に「4」、「価格」欄に「240000」、「納品時の状況」欄に「S58・7・10納品」との記載が認められ、この記載によれば、右納品された製品は「ストッパー」によって取り付ける部分かつら、すなわち、被告製品(二)であると認めるのが相当である(なお、「御来店日記入欄」の「(58)/9/30」欄の「納品2万入金残金180000」とある部分については後記(二)に説示するとおりである。なお、右(58)とある部分は、明示的な記載はないが、その前後の記載から認定したものであり、以下においても同様である。)。この点に関し、控訴人の原審及び当審における供述中には、ストッパー付きかつらではない旨の供述が存するが、右記載に照らしてにわかに採用し難く、他にこれを左右するに足りる証拠はない。前記甲第六号証の一によれば、B-四四番の顧客のカルテには、「品名コード」「1」欄に「ABK」、「数量」欄に「2」、「価格」欄に「440000」、「御来店日記入欄」に「12/29」の欄に「納品1枚」、「59/4/1」欄に「残1枚納品」、「60/3/3」欄に「テープ4本買物」、「3/9」欄に「P修理」との各記載が認められる。そして、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果によれば、テープとは、部分かつらの接着に使用するものであること、「P」とは、ストッパーを意味するものであることが認められるから、以上の事実によれば、前記認定の納品されたかつらの一つは被告製品(二)であり、他の一つは接着法による部分かつらであると認められる。したがって、右被告製品(二)の販売価格は前記認定の合計価格を二分し、二二万円と認めるのが相当である。右甲第六号証の一によれば、B-八五番の顧客のカルテには、「品名コード」「1」欄に「ABP5」、「数量」欄に「2」、「価格」欄に「300000」、「納品時の状況」欄に「S58・10・3納品」「御来店日記入欄」の「59/5/19」欄に「P取りつけ」、「5/2」欄に「P修理」との各記載が認められ、「P」の意義に関する前記認定の事実を勘案すると、右かつらはいずれも被告製品(二)と認めるのが相当である。

以上の認定に反する前記乙第四二号証並びに原審及び当審における控訴人本人尋問の結果は前記各証拠に照らして採用できない。

したがって、以上認定の被告製品(二)の販売個数は四個、代金合計七六万円となる。

(二) 次に、前記乙第四二号証並びに原審及び当審における控訴人本人尋問の結果によれば、部分かつらを頭に装着する方法としては、ストッパーで止着する方法、両面テープで止着する方法、接着剤で止着する方法及び編み上げて止着する方法等があるところ、一度部分かつらを使用した者が、再度、部分かつらを作る場合においては、使用者自身の毛髪にストッパーで部分かつらを止着する方法は、かつらを止めていた部分の毛髪が抜けることから、その後の製作時にも必ず以前と同様のストッパーで止着する方法の部分かつらを作るとはいえないこと、また、ストッパーで止着する方法の部分かつらを使用している者でも、スポーツをしたりする場合のために他の止着方法による部分かつらを購入し、これを併用する者も割合は多くはないが存在することが認められる。これらの事実によれば、以前にストッパーで止着する方法の部分かつらを使用していたことが明らかな者が、再度部分かつらを作った場合に、前者の事実のみから、後者の部分かつらの止着方法もストッパーによるものであるとまで推認することは困難というべきである。したがって、前者の事実が認められるだけで、顧客カルテにストッパー付きの部分かつらであることを示す明示的な記載があるなどのストッパーによる部分かつらであることを裏付ける他の事情が認められない以上(右の事情が認められる場合については前記(一)に説示したとおりである。)、単に、再度作ったかつらは以前のかつらと同一の止着方法であるとの経験則に立脚し、再度の部分かつらもストッパーで付ける部分かつらであると推認することは困難であるというべきである。もっとも、この点について、原審証人落合正武の証言中には、再度部分かつらを作る場合にも、前と同じような止着方法によらざるを得ない旨の証言が存するが、同証人はその証言から明らかなように、被控訴人会社で主として管理部門を担当しており、技術面はもとより販売にも直接関与していない事実に照らすと、直接経験した事実に裏付けられた証言とはいい難い上、前記認定の部分かつらの止着方法を変更する理由はそれ自体それなりの合理性を有するものであることからすると、右証言をものって、前記の認定手法を否定することは困難であるというべきである。

そこで、以下においては、右に認定した手法に沿って前記(一)認定以外の各顧客について検討することとする。前記甲第六号証の二によれば、別表(一)No.A-九番の顧客のカルテには、「御来店日記入欄」の「59/7/1」の欄に「P中古1000」、「(60)/3/3」の欄に「セットSP24万オーダー」との、同A-四〇番のカルテには、「御来店日記入欄」の「59/6/10」の欄に「SP(NT)30万」、「9/15納品」との(なお、右納品日以降の記載中に右納品に係るかつらがストッパーによる止着方法のかつらであることを窺わせる記載はない。また、同カルテに記載された「品名コード」「1」欄の「ABK」、「ストッパー4」「価格220000」については、控訴人において被告製品口を販売したものであることを自白している。)、A-九九番のカルテには、「御来店日記入欄」の「(59)/10/7」の欄に「P3ケ6000」、「62/5/3」の欄には、「SP 28オーダー」との、A-一一五番の顧客のカルテには、「(59)/7/14」の欄に「P1コ中古1000」、「(60)/4/7」の欄に「SP28万オーダー」との、A-一二〇番の顧客のカルテには、「御来店日記入欄」の「(58)/9/30」の欄に「納品2万入金残金180000」との(なお、右納品日以降の記載中に右納品に係るかつらがストッパーによる止着方法のかつらであることを窺わせる記載はない。)、また、前記甲第六号証の一によれば、B-四番の顧客のカルテには、「御来店日記入欄」の「(59)/7/19」欄に「P1ケ修」、「(59)/10/20」欄に「SPABマイルド20万オーダー」との、B-一八番の顧客のカルテには、「御来店日記入欄」の「(59)/8/19」、「(59)/12/9」及び「(60)/2/23」の各欄にいずれも「P1ケ」、「(60)/4/2」欄に「SP2枚(ES-KH)50万オーダー」との、B-五三番の顧客のカルテには、「御来店日記入欄」の「(58)/10/9」欄に「P2個修理」、「(59)/4/27」欄に「P1ケ修理」、「(59)/7/15」欄に「SP50万オーダー」との、B-五七番の顧客のカルテには、「御来店日記入欄」の「(59)/11/9」欄に「無料にてPとりつけ」、「(60)/4/5」欄に「SP25万オーダー」との、B-一一三番の顧客のカルテには、「御来店日記入欄」の「(59)/2/5」欄に「P1ケ修理」、「(59)/10/13」欄に「P2ケ4000」、「(59)/12/24」欄に「SP BNT 2枚45万オーダ」との、B-一五三番の顧客のカルテには、「御来店日記入欄」の「59/3/25」欄に「SP20万オーダー」、「(59)/9/4」欄に「SP15万オーダー」との、各記載があることが認められ、他にこれを左右する証拠はない。そして、当審における控訴人本人尋問の結果によれば、前記カルテの記載中の「SP」とは、スペアすなわち、部分かつらの予備品を再度注文したことを意味するものであることが認められる。

そうすると、以上の各事実によれば、本項に認定の各顧客については、いずれも「SP」すなわち、控訴人から部分かつらのスペアを購入する以前においてストッパー付きの部分かつらを使用していた事実が認められが、この事実のみをもって右スペアのかつらが被告製品(二)であるものと推認することが困難であることは前説示のとおりであり、本件全証拠を検討しても他にこれを認めるに足りる事情は存しない。

(三) 以上説示したところによれば、控訴人はその自認するものの他、被告 製品(二)を四個、代金合計七六万円で販売したものと認めることができる。

2  原判決五一頁五、六行目を次のとおり訂正する。

「よって、控訴人は被告製品(二)を合計六三個、代金総額一四二三万八〇〇〇円で販売したものである。」

3  原判決五四頁三行目「七八個」を「六三個」と、三、四行目の「一七七八万八〇〇〇円」を「一四二三万八〇〇〇円」と、七行目の「二八四万六〇〇〇円(一〇〇〇円未満切捨て)」を「二二七万八〇八〇円」と各訂正する。

二  以上によれば、本訴請求は金二三一万八〇円及びこれに対する不法行為後の日であることが明らかな昭和六〇年一〇月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当として棄却すべきものであるから、民事訴訟法三八六条により、これと異なる原判決を右の限度で変更することとし、訴訟費用の負担について同法九六条、九二条本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)

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